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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4631号 判決

原告

株式会社おおつき製菓舗

被告

同和火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成七年五月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、交通事故により負担した損害賠償義務につき、主位的には、被告との間で自動車総合保険契約を締結したとして、保険金を請求し、予備的には、被告が右契約成立に関する手続を怠つたとして、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、大槻信之(以下「信之」という。)を代表取締役とする菓子の製造、販売業等を営む株式会社であり、被告は、損害保険業を営む株式会社である。

2  大槻謙は、平成六年五月二六日午後一〇時一五分ころ、京都市西京区大枝沓掛町二三番地の二先路上で、原告が所有していた自動車(京都五四す九七二三、以下「本件自動車」という。)を運転中、ブレーキ、ハンドル操作を誤ることにより対向車両に衝突させ、同車両の運転者を死亡させる事故を起こした(以下「本件事故」という。)。

3  原告は、右被害者の相続人らとの間で、平成七年三月二〇日、本件事故による損害賠償額を金五八五七万六八五〇円とする示談をし、自賠責保険金等の既払金合計三一〇七万六八五〇円を控除した残金二七五〇万円を右相続人らに支払つた(甲一一のないし四)。

4  本件事故により本件自動車は大破したが、右損害は、一五〇万円を下らない(弁論の全趣旨)。

三  争点

1  主位的に本件契約の成否、予備的に右契約締結手続を怠つたことによる債務不履行ないし不法行為責任の有無

(原告の主張)

信之は、被告の代理店である有限会社荒木モータース(以下「荒木モータース」という。)に対し、平成五年九月末日ころ、本件自動車につき、保険加入するため、電話で「被保険者が原告、保険期間が平成五年九月二九日から同六年九月二九日まで、担保種目及び保険金額が車両金一八〇万円、対人賠償無制限、対物賠償一〇〇〇万円」の保険内容を伝え、本件自動車の自動車検査証のフアツクスを送付して保険契約の申込みをし、荒木モータースにおいてこれを承諾することで自家用自動車総合保険契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

仮に本件契約が成立していないとしても、信之は、右のとおり電話とフアツクスで保険契約の申込みをし、荒木モータースにおいてこれを承諾したのにその後の保険契約締結の手続を怠つたのであるから、かかる荒木モータースの過失は本人である被告にも帰せられるものであるし、被告自身にも荒木モータースより本件自動車の車検証のフアツクスを受けておきながらこれを放置した過失があるから、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償義務がある。

(被告の主張)

保険契約の申込みは、保険契約者が、所定の保険契約申込書に所要事項を記載して署名・押印し、かつ保険料を添えてされるべきであるところ、本件では、信之は、被告代理店荒木モータースに対し、本件自動車につき、保険加入したい旨の意向を伝えただけで、保険契約申込書による申込み、保険料の支払い等の保険契約締結に必要な手続を全く行つていないから、本件契約が成立したとは到底認められない。

被告は、保険契約の締結行為を行わず、契約締結後に代理店(荒木モータース)から契約締結の報告を初めて受けるのであるから、契約締結に関する注意義務違反を問われるべき立場にないし、仮に車検証のフアツクスが被告に送付されていたとしても、車検証のフアツクス自体は本件契約の締結には何ら関係がないのであるから、これにより被告の過失責任が生ずることはない。

2  保険料領収の有無

(被告の主張)

自動車総合保険普通保険約款第六章一条二項によれば「保険期間が始まつた後でも、当社(被告)は、保険料領収前に生じた事故については、保険金を支払わない」旨定められているところ(以下「本件条項」という。)、本件では保険料が支払われていないのであるから、被告は保険金を支払う責任がない。

(原告の主張)

本件条項が適用されるのは、信義則上保険契約者側に保険料が未払いであることにつき、故意又は重大な過失がある場合に限られるべきであるし、本件では保険料が未払いになつた原因が、信之が前記のとおり電話とフアツクスで保険契約の申込みを行つていたにもかかわらず、被告ないしその代理店である荒木モータースがその後の保険契約締結手続を看過したことによるものであり、被告側の重大な過失に基づくのであるから、尚更本件条項は適用されるべきではない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件契約の成否)

1  前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし五、一二の一、二、一三、一四、一五の一、二、一六の一、二、一七、一八、乙一、二の一、二、三ないし九の各一、二、一〇、原告代表者大槻信之、同荒木幸代)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和四二年一〇月ころ、信之が経営していた製菓店が法人成りした会社であるが、信之は、法人にした後も、個人経営のころと同様、自らが保険契約者となつて、自己所有の自動車につき被告との間で自家用自動車総合保険に加入していた。その新規加入の手続は、本来は、保険契約者である信之が保険契約申込書を作成して保険契約の申込みをし、被告の代理店である荒木モータースが右申込みを承諾して契約が締結されると同時に信之が荒木モータースに対して第一回目の保険料を支払う手続になつているところ、本件では、信之の従兄弟である荒木治清が被告の代理店である荒木モータースの代表取締役であつたので、信之は予め自己の印鑑を荒木モータースに預けておいて、荒木モータースに対し、電話で保険内容を連絡し、加入予定の自動車検査証をフアツクスで送付すれば、荒木モータースの方で信之に代行して保険契約申込書に信之の署名・捺印をして保険契約申込書を作成し、信之から第一回目の保険料を徴収して同人に領収証を交付することになつていた。そして、荒木モータースでは、右手続が完了した後、直ちに保険契約が締結されたことを被告に報告するため保険契約報告書と保険契約申込書を送付する手続になつていた。

(二) 信之は、平成五年九月ころ、同人の長男で原告の従業員でもある大槻謙に使用させるため、日産の福知山西営業所で本件自動車(ニツサンローレル)を購入し、同月二八日に登録手続をした。そして、翌二九日、荒木モータースに対し「本件自動車は、大槻謙が使用する予定であるが、当時私が使用し、被告の保険に加入していた自動車(ニツサンローレル)と同じ内容の保険に加入したい」旨申入れ、荒木モータースは右申入れの内容を了解した。その後、日産の福知山西営業所に頼んで本件自動車の自動車検査証を荒木モータース宛にフアツクスで送付してもらい、荒木モータースでは右フアツクスをコピーして被告の福知山支社にフアツクスで送付した。更に、日産の福知山西営業所から直接本件自動車の自動車検査証のコピーを送付させ、右コピーを荒木モータースにフアツクスして同一であるか確かめ、その際、保険内容(担保種目・保険金額)についても確認した。また、大槻謙は、平成五年一〇月一日、本件自動車の保険加入を確認するため信之宛に本件自動車の自動車検査証をフアツクスで送付した。

(三) 荒木モータースは、信之から本件自動車に関して右内容の保険加入の依頼があつたのであるが、忙しさに取り紛れて前記した保険契約申込書作成、第一回目の保険料徴収等一切の手続を失念していた。

なお、原告は、この当時、荒木モータースに対し貸付金を有しており、右返済に当たつては、しばしば相殺により処理されることがあつたのであるから、本件の第一回目の保険料についても、相殺により処理する潜在的な合意があつた旨主張するが、仮に右合意があつたとしても、荒木モータースは、そもそも右のとおり第一回目の保険料徴収を含む保険契約締結に関する一切の手続を全く失念していたのであるから、右合意に基づく相殺処理により第一回目の保険料徴収がなされたとは認められない。

2  以上の事実を前提にして本件契約の成否について判断するに、信之は本来、本件自動車につき被告の自動車総合保険に加入するには、代理店である荒木モータースに対し、自ら保険契約申込書を作成して申込みをし、荒木モータースにおいて右申込みを承諾して保険契約の締結がなされると同時に第一回目の保険料を荒木モータースに払込む手続が必要であるところ、荒木モータースの代表取締役が従兄弟の荒木治清であつたことから、従前より保険契約申込書作成等の保険契約申込みの手間を省くため荒木モータースに自己の印鑑を預けて保険契約申込書作成等の保険契約申込み手続を代行させていたこと、したがつて、本件のように、信之から荒木モータースに対し、本件自動車に関する保険加入の意思が伝えられたとしても、荒木モータースにおいてこれを失念し、保険契約申込書の作成等の代行を怠つた場合は、その不利益は代行を委任した本人の信之に帰せられるべきであること、そうだとすると、荒木モータースは、信之から委任された本件契約の保険契約申込書等申込手続の代行を失念し、結局、右申込行為を行わなかつたのであるから、信之は、本件契約の申込行為を未だ行つていなかつたものといわざるを得ない。なお、被告は、このころ、荒木モータースから本件自動車の自動車検査証のコピーをフアツクスにより送付を受けたが、単に右検査証の送付があつたことをもつて保険契約の申込みと認めることができないのは明らかである。

よつて、本件契約の成立は認められず、原告の主張には理由がない。

二  原告は、予備的に、本件契約締結の手続を怠つた荒木モータースの過失は本人である被告にも帰せられるものであるし、被告自身にも荒木モータースより本件自動車の車検証のフアツクスを受けておきながらこれを放置した過失があるから、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償義務がある旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件契約締結の手続が行われなかつたのは、信之から保険契約の申込手続の代行を委任されていた荒木モータースが本件契約の申込手続を失念したことによるものであり、右失念の不利益は信之に帰せられるべきものであるから、本件契約締結がなされなかつたのは、荒木モータースひいては信之側の落ち度というべきであるし、また、被告が本件自動車の自動車検査証の送付を受けたとしても、そのことにより被告に本件契約の成立に向けて手続を進めるべき注意義務が生ずることはない。したがつて、いずれにしても、被告には、本件契約締結の手続を怠つた過失は認められない。

よつて、原告の右主張には理由がない。

三  以上によれば、争点2について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

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